赤坂の薬師ザクラ

災禍を超えて生きる名木

この桜も13年ぶり、二度目の訪問だった。古い記憶では桜に程近い場所の空き地が駐車場として開放されていたと思うが、見当たらない。桜へと至る道から少し外れたところに空き地があったのでそこに車をつけ、歩くことにした。民家が点在する道を抜けると途中から山へと分け入るような道幅の狭い登り坂となる。少し登ると集落を見渡せるこんもりとした塚のような場所に小ぶりな桜の木が見えた。お目当ての薬師桜だ。この年も満開を迎えていた。

昭和の失火に見舞われるまでは立派な大木だったというが、知らなければ、この桜が1000年も生きている古木だとは誰も思わないだろう。以前よりも衰弱しているようで、花付きが寂しい。幹は空洞化が進み、支柱によりようやく立ち姿を維持している。以前来た時はそれなりに花見客がいたと思うが、今年は先客は誰もいなかった。

こちらから見ると桜が手を振っているように見える。峠道に入る前に一度街を振り返り、手を振っているような、そんな場面が思い起こされた。


Note白鷹町へと至る旧街道沿いの高台にたつエドヒガン。18世紀に記された「鮎貝古物語」には「薬師堂は栃窪町道赤坂の上に大木の桜あり。春は早く花咲きひとしお見事なり。」と評されるほどの大木だった。長く種まき桜として親しまれ、最上川反乱の折にはこの桜に船を繋いだとの言い伝えがあることから「舟つなぎの桜」とも呼ばれていた。昭和に入り近くの工場の火災により半焼したが、残った枝からは毎年可憐な花をつける。
撮影2024年4月13日
名称赤坂の薬師ザクラ
別称舟つなぎの桜
樹種エドヒガン
所在地山形県西置賜郡白鷹町大字箕和田字赤坂一1071
指定県指定天然記念物
樹齢970年※1※3
樹高9.0m※1
6.7m※2
根回7.2m※2
幹周6.1m※1
2.69m※2
枝張不祥
出典 ※1 現地案内板
※2 文化庁「文化遺産オンライン」
目視した限りでは※2がより実寸に近いと思われる。
※3 2013年の文化財指定当時