奥十曽のエドヒガン桜
桜に惹かれる理由は人それぞれだろう。私の場合はその花の美しさも理由の1つだが、それ以上に木としての魅力に強く惹かれる。樹冠いっぱいに花を纏う樹木としての美しさ、そして、老いてもなお花を咲かせるその逞しさが、桜の魅力の根源だと思う。ひとことで言えば、生命力だろうか。2022年の春、その生命力の権化とも言える桜に会いに行った。目的地は鹿児島県伊佐市。熊本との県境に程近いこの地にはエドヒガンの巨木がある。
伊佐市は鹿児島県の最北に位置し、桜は市街地から外れた山間にある。途中、それなりの山道を走らねばならず、相当な悪路を覚悟していたが思っていたよりも運転に気は使わないで済んだ。途中離合の難しい場所がいくつかあるものの、対向車は皆無で問題なく駐車場まで。ただし駐車場から桜までは少し離れており、車を降りて15分ほど山登りをすることに。距離は短いがなかなかの勾配だ。
桜好きには知られた桜だが何しろ場所が不便である。故に訪れる人が少ない。近年では自治体から開花情報が出ているが、それでも他の有名な桜に比べれば圧倒的に情報が少ない。山中の桜なので日の当たる時間は限られていると思うが、一日費やすつもりでとりあえず朝8時前に現地入りした。やはり日差しはまだ届いておらず、薄暗い森の中でその桜は静かに佇んでいた。
この桜の特徴はなんといっても根元だろう。不定根が著しく発達し、地面を鷲掴みにするかの如く伸びている。このような桜は見たことがない。
反対側から見るとかなり根上がりしていることがわかる。傷つき朽ちた根も見えるが、それでも支柱に頼ることなく自立しているのだから素晴らしいという他ない。表面には苔やシダなどがびっしりと付着し、共生している。樹齢600年と言われるその歴史の中で少しずつ周囲と同化していったのだろう。さながら森の縮図である。根回りのみならず、樹冠のほとんどに多様な植物が纏わり付いている。
枝はかなり上方で分かれており、樹高に対して樹冠はそう大きくない。周囲の木々に埋もれまいと日光を求めた結果だろう。花も葉も天頂に生ずるのみである。よく見れば周りの木々も皆同じ特徴を持っている。生命の神秘を思わされる。
この日は13時前まで粘ったが、曇り始めたため退散することにした。全身に陽が回るのは14時を過ぎる頃と思われる。次回はぜひ全身に日の光を浴びた姿を見たい。
満開の時期に訪れたが花は遥か頭上。しかし、この桜は花を楽しむ桜にあらず、ただその力強く生きる姿に感じ入るのみである。
Note | 1977年に地元の植物研究家が発見したエドヒガンの巨木。樹高28mと規格外の大きさで、根回りの大きさから日本一大きいエドヒガンと言われる。なお、根回りは21mとこれまた規格外だがこれは根上がり部が測定されているため、他の桜との単純な比較はできない。 |
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撮影 | 2022年3月25日 |
名称 | 奥十曽のエドヒガン桜 |
別称 | なし |
樹種 | エドヒガン |
所在地 | 鹿児島県伊佐市大口小木原 |
指定 | 巨樹・巨木百選、森の巨人たち百選 |
樹齢 | 600年 |
樹高 | 28.0m |
根回 | 21.0m |
幹周 | 10.99m |
枝張 | 不祥 |
出典 | 現地案内板 |