米沢の千歳桜

米沢の千歳ザクラ

伝承に伝わる古桜

桜巡りを始めた頃は綺麗な形をした名木ばかり探し求めていた。当時は損傷の激しい桜は写真映えしないとでも考えていたのだと思う。しかし、いわゆる"沼"へとどっぷり浸かり、桜の生命力に取り憑かれるようになると、見方が変わった。滝桜や醍醐桜のような大きく樹形の美しい桜もいいが、傷つきながらも健気に花を咲かせる古木にも強く惹かれるようになった。この千歳桜はそうした桜の中でも白眉と言える存在であろう。三顧の礼を尽くし、ようやく思うような姿に会えた。

米沢の千歳桜

樹齢700年というだけあって、幹は相当な大木であることを思わせる。しかし樹幹はワイヤーや無数の支柱で支えられていて損傷が目立つ。かつて支えていたであろう枝や幹が朽ちてしまったのか、用を成していない支柱まである。私が最初に訪れた2011年当時と比べても枯損が進んでいて、今後いつまで花を咲かせるのか不安になる。一方で、花付きは良く花色は他に類を見ない紅色で、数あるエドヒガンの古木の中でも最上級の美しさだと思う。この樹幹の痛々しさ、儚さと、花の瑞々しさとのコントラストが鮮烈でたまらない。

米沢の千歳桜

夜明けの赤い光を受けるのは周囲に遮るもののない田園地帯の桜ゆえ。まさに孤高の一本桜と呼ぶにふさわしい。もともと紅い花が、朝日を受けて妖しいほどの美しさだ。広大な田園地帯の只中で幾星霜を越え、種蒔き桜の二つ名のとおり、ある意味"正確に"、美しく、春の訪れを告げてきたのだろう。

米沢の千歳桜

個人的に、名桜たり得る条件の一つには言い伝えや伝説・歴史の類が必要だと思う。
千歳桜は鎌倉期の長者の娘、常姫が恋わずらいのため夭折し、その菩提を弔うため植えられたと伝えられている(諸説ある)。千歳桜の名の由来は常姫の幼名から取られたとか。常姫もよもや自分の名が700年後の世まで語り継がれることになるとは思わなかっただろう。会津の古い伝承を身に纏い、春が来るごとに観桜客に語り継ぐ千歳桜はやはり名木と言える。
ちなみに常姫伝説の話はここで紹介されている。

米沢の千歳桜

Note会津地方に伝わる伝承「常姫物語」によれば、村の長者江川氏が17歳で夭折した娘、常姫の菩提を弔うために植えた桜とのこと。常姫の幼名「千歳」をとり、千歳桜と呼ばれている。田園地帯の只中に立ち、開花の様子が種を蒔く目安とされたことから種蒔き桜とも呼ばれている。常姫は文永10年(1273年)に逝去したことから、樹齢は700年以上と伝えられている。
撮影2019年4月20日
名称米沢の千歳ザクラ
別称種蒔き桜
樹種エドヒガン
所在地福島県大沼郡会津美里町米沢字池南
指定県指定天然記念物
樹齢700年
樹高14m※1
根回11m※1
幹周10.5m※1
枝張東西19.3m 南北18.0m※1
出典現地案内板
※1:2022年に台風のため半壊している。その後のデータは不詳。